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言葉で説明したり文で記述することは困難である,(4)暗黙知の多くは,科学的に検討・検証が困難である,(5)暗黙知を自覚できないことが多い,と考える。このことから,技能は暗黙知であると言える。技能が暗黙知のままでは,技能を習得するためには経験やカンに頼ることが必要になり,訓練の効率を上げることは困難で,習得には多くの時間が必要だ。この問題の解決策は,暗黙知の“見える化”=形式知化である。すなわち,暗黙知を特定し,図,表,数式,文章などで記述して,暗黙知の内容を明瞭にすることである[3]。そのために,森らは暗黙知の4階層の仮説[4]を立てて検討している。第1層は,外から観察可能で,記述が容易である。第2層は,観察は困難だが,言葉にできる。第3層は,作業者は自覚していないが,質問により引き出して言葉にできる。第4層は,作業者は無意識に行うもので,言葉にはできない。第1から第3層までは,記録者が熟練者を観察したり熟練者に質問することにより,形式知化できるだろう。しかしこのようなインタビュー形式では,第4層の形式知化は困難である。技能は暗黙知のままでよいのだろうか。このままだと,技能の習得は従来どおりの徒弟的環境のなかで反復訓練に終始し,技能習得の効率の向上を革新することはできない。2.3 技能と人間科学2.1で述べたように,技能は人間科学でもある。人間科学の力を用いれば,暗黙知の第4層までを含む形式知化を実現できる可能性がある。20世紀末ごろから,人間科学のうちの身体性認知科学が発展してきた。1983年にラスムッセンは,人の行動を3階層(スキルベース,ルールベース,知識ベース)で表すモデルを提唱した[5][6]。1999年にファイファーらは,身体,脳,環境が相互に関連して人が物事を認識するという『身体性認知科学』を提唱した[7]。はたして,このような人間科学は,技能に適用できるだろうか。一口に技能と言ってもさまざまな種類があり,それによって習得の仕方も異なることを考えると,技-4-能の種類を考える必要がある。森[2]は,技能のタイプを次の4種類―(1)感覚運動系技能:人間の手腕など,身体の感覚機能と運動機能に主に依存,(2)知的管理系技能:人間の判断,推理,思考などの知的管理能力に主に依存,(3)保全技能:感覚運動系技能,知的管理系技能の両者を使用,(4)対人技能:人間に対する働きかけを行う―に分類した。ものづくりの技能を考える場合は,感覚運動系技能が主体となるが,知的管理系技能も必要だろう。これらの技能のキーワード―身体・感覚・運動・判断―を見ると,前述の人間科学の説明と重なることがわかる。そこで我々は,人間行動の情報処理過程のモデルを,ものづくり技能に当てはめることにより,技能を人間科学で考えることができるのではないかと考えた。ものづくりの技能のなかで機械加工を例に挙げると,加工作業の流れは次のようになる。①指示書・図面・環境に基づき作業し,②工作機械の作用により,③工作物の形状が変化し,④それを知覚して脳が次の作業を指示する。この一連の流れは,まさに身体性認知科学の対象である。しかし,この理論に基づき技能習得過程を解明した研究は,ほとんどない[8]。職業大は,ものづくりに関するセンターオブエクセレンス(中核的研究拠点)であり[9],人材育成や職業訓練における効率的な技能習得方法の開発は,職業大の責務である。そのためには,技能を人間科学的に解明する必要がある。2.4 研究の目的本研究の目的は,身体性認知科学に基づき,暗黙知であるものづくりの技能を人間科学的に解明することである。人間行動の情報処理過程としてのラスムッセンの3階層モデルに基づいて,技能習得や技能伝承を考える。具体的には,機械加工のなかでフライス加工を例として,①加工に伴い時々刻々と変化する工作物形状と知覚の関係,②知覚した結果に対応した動作と身体的ストレスとの関係,③知覚と動作を,スキル,ルール,知識ベースとして認知する階層について分析し,④これらを熟練者と中級者とで比較すること

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