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にヨーロッパの多くの古い歴史をもつ総合大学では,今でも哲学や科学中心で工学部はない,あるいは,例えばケンブリッジ大学に工学部が創設されたのは極最近のことである。このように科学に基礎をおき実学としての技術を結び付けた日本の工学教育の歴史が,日本のものづくりの優位性や競争力を高めたことは間違いない。しかしながら,最近の工学部や工科系大学に限らず日本の大学での教育が,技能や実践的な職業能力育成と乖離してきたことが問題となっている。本来,実学としてのポリテクニクからの逸脱が,社会的に問題視されてきたとも言える。是非や実現可能性はともかく,最近,大学の専門職業大への転換が喧伝されているのもその一端ではないだろうか。さて,技術と技能の両者の存在を助ける存在としての科学の具体的内容は何であろうか。日本の場合,物理学・化学・生物学などの自然科学が典型であるが,経済学・法学などの社会科学,心理学・言語学などの人間科学もある。また上述したように自然科学と技術と合体した応用的科学技術が機械・電気・材料などの工学と位置づけられる。しかしながら,技術の進歩によって作り出された機械やシステムのような人工物を対象とした科学あるいは工学も無視してはならないし,ますます重要になっている。技術や技能との関係で言えば例えば,制御工学,オペレーションズ・リサーチあるいはマネジメント,最近また話題となっているAIなどである。伝承しなくては消滅してしまう技能を,科学を持ち込むことによって見える化することで技術とするえんかわ たかお略歴昭和63年 東京工業大学工学部教授平成8年 東京工業大学大学院教授平成12年 東京工業大学評議員平成14年 東京工業大学理財工学研究センター長平成15年 東京工業大学大学院社会理工学研究科長平成17年 東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科長平成28年4月より現職-2-ことができる。そして技術は,科学とは異なり進歩することで逆に新たな複雑さや,不確かさを生み出す。例えば機械からその集合であるシステムへの進化により,新たな未知部分が増え,その克服が新たな技術課題となり,そこに技術が作り出した人工物を対象とした科学を必要とする。そして何より,技術は科学によって理論となったとき,はじめて普遍性を獲得する。表題に掲げた技能・技術を科学するとは,このような技能の見える化,技術の普遍化のために科学を持ち込むことを意味している。少子化による労働力不足が懸念される一方で,第4次産業革命が喧伝される中,日本の優位性を維持・強化するためには,匠の技や技能五輪入賞者の技を見える化し,“人から人”への伝承から,“人から組織・社会”への伝承,すなわち技術に置き換え,さらにマシンやAIと組合わせることによってさらに高度な技術に進化させるような取り組みが喫緊の課題である。このような技能・技術に科学を持ち込むことは,科学の定義である体系化であり実証可能な知識に向かうものであり,“職業能力開発学”という学問分野が形成されることに直結するものと考える。今こそ,他の学問分野では存在しない技能を正面から対象とした,技術・技能を科学するという職業訓練あるいは職業能力開発の現場での探究心をベースとする職業能力開発学の設立が,時代の要請ではなかろうか。短い紙面での論旨で説得性に欠けるかも知れないが,これを本誌への期待も込めたメッセージとしたい。

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