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4.靴づくり技能・技術の継承写真6 坂井栄治氏の靴づくり現場換をすることによって,10年以上も履き続けることができる。また,中底に使用される材質の“こだわり”などによって,夏においても,靴の中の蒸れを防ぐこともできる(写真8)。(注2) 日本の靴づくりの歴史は,前にも述べたが,わずか140年程度である。しかも日本は,寝るときと風呂に入るとき以外は,靴を履いているという習慣を持つ文化圏ではない。そのような日本社会において,世界市場でも恥ずかしくない優れた靴を作り出せるのは,明治以降の靴づくり事業者やそこで働いた職人などの不断の努力と,“こだわり”をもったものづくり精神があってのことである。 それでは,明治の初期に産声を上げて発展してきた日本の靴づくりは,現在までどのようにして技能・技術を継承させてきたのか,少しふれてみたい。 革靴の工業化は,明治維新から間もない時期から写真7 誂えの手づくり靴(手縫い:写真提供大塚製靴㈱)写真8 中底:上段が機械縫い用,下段が手縫い用-37- 手縫いの靴をつくる工程は,ラストの製作(靴型),アッパーの製作(甲革:靴の表の部分),釣り込み作業(甲革と中底などを縫い付けていく),底付け作業など多くの工程があり,複雑である。 それぞれに「職人の技」的な熟練の技能・技術と経験が必要となる。 しっかりと仕立てられた手縫いの靴の特徴は,足蒸れが少なく,足に馴染んだ履き心地が得られ,丈夫で長持ちし,型崩れせず,靴底などの修理が可能なことなどがあげられる。 それらを可能にしているのは,多くの技である。 例えば,板状の革を曲面に沿わせてカーブを作っていく技や,松ヤニとロウ引きの麻糸で,一針ごとに形状に合わせて糸の張りを微妙な力加減で調整しながら,細かい間隔の運針ですくい縫いをしていく技などもその1つである。 靴職人坂井氏の靴づくりへの“こだわり”は,靴を履いたときの履き心地であり,新しい靴を履き始めてから,次第に靴全体があたかも足を包み込むような感じが得られるような,履くほどに足に馴染む靴づくりである(写真7)。(注1) これは,量産品の靴が縫製用のミシンと接着剤を多用するのに対して,一品生産の手縫いの靴は,糸の張りを微妙な力加減で調整しながら,細かい間隔を運針で縫っていく技から作り出されてくる。このような技などによって,耐久性に富み,堅牢で,しかも履いていくうちに次第に足に馴染んでいく靴になる。しかもこのような靴は,磨り減った本底の交研究ノート

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