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の人の 2011年3月11日の東日本大震災では2万人の方が犠牲となり、震災被災者と同時に福島第一原発の過酷事故により多数の人々が避難生活を余儀なくされている。この国難とも言える大震災に胸が張り裂けそうな思いでいるのは筆者ばかりではないであろう。 今回の大震災は天災であると同時に人災でもあった。科学技術と政策の失敗であり敗北であった。しかしながら“原子力安全神話”が崩壊した一方で、“新幹線安全神話”はかろうじて維持された。阪神淡路大地震や中越地震による新幹線への大きな被害を教訓に、鉄道関係者は地震時の安全確保に全力を挙げてきた。今回の大震災において全列車の安全停止、死傷者ゼロの結果をもたらしたものはこの不断の努力の賜物であろう。一方、原子力関係者は、全冷却用電源喪失後わずか5時間程でメルトダウンが始まり原発どころではなく、真に国家の非常事態に至るということを全く考えていなかったのでないか。報道されているところによれば最悪の場合、原発より170km圏の数千万人の住民が避難せざるを得ない可能性もあったとのことである。一方は常在戦場の覚悟で安全確保に取り組み、一方は度重なる地震による原発被災に学ばず、また外部からの批判を一切拒否して安全神話の上にあぐらをかいていた。実際、原発震災の恐ろしさについては15年程前より茂木清夫東大名誉教授、石橋克彦神戸大名誉教授によって繰り返し警告されていたのである。 ところで“安全神話”の上にあぐらをかいて、科学者からの警告を拒否しているのは原子力関係者に限らないのである。私たちは“気候安全神話”の上にあぐらをかいているのではなかろうか。大気中へ1日9,000万トンという途方もない大量の二酸化炭素を注入し続けている人類。化石燃料起源の二酸化炭素の排出量は1990年の220億トンから2010年の335億トンへと50%増加した。科学者によれば世界の平均気温の上昇を産業化前と比較して2℃以内に抑制するためには、世界の温室効果ガスの年間排出量を2050年までに1990年比で50%程度に削減する必要があるという。二酸化炭素で言えば現在の排出量の1/3にまで減少させるということを意味する。世界人口の増大、途上国の経済成長の続く中でどのようにすれば温室効果ガスの大幅削減を達成できるのか、それが真剣に問われている。 既に地球温暖化によると見られる影響が現れ始めている。2010年のアメリカ・テネシー州の豪雨、ロシアの熱波、2011年のアメリカ・テキサス州の大干ばつなどは1000年に一度の極端事象であり、温暖化の進行によりその発生頻度が高まることが懸念されている。気候は変化しつつあり、危険な気候変化が近付いているのである。このまま何ら根本的対策を立てなければ、世界の平均気温は2060年頃に4℃上昇する恐れがあると言われている。4℃上昇した世界では、水不足、食糧不足等により、Kevin Anderson教授やHans Schellnhuber教授によれば生存可能な人口は10億人以下となると警告されている。2011年12月に南アフリカ・ダーバンで開催されたCOP17では、長期間の困難な交渉を乗り越えて、世界のすべての国が参加する新条約締結で合意したがその実施は2020年に先送りされた。 このような背景の下に世界はグリーン経済へ向けての大競争の時代に入った。中国はエコ文明への転換を、韓国は低炭素・グリーン成長を提唱している。台湾は緑色貿易プロジェクトをスタートさせ、フィリピンはグリーン・フィリピンの実現を目指している。マレーシアはグリーンテクノロジーを所轄する省を新設しグリーン経済へと舵を切った。タイ、シンガポール、インドネシア、インド、ベトナムなども争ってグリーン経済を志向しつつある。 日本の“環境技術大国神話”も今や脅かされつつあるのである。私たちは常在戦場の覚悟で“技能と技術”の継承と発展に努めなければならない。同時に日本はアジアのグリーン成長の巨大潮流をリードしなければならない。やまもと りょういち略歴1969年 東京大学工学部冶金学科卒業1974年 東京大学博士課程修了、工学博士1988年 東京大学先端科学技術研究センター教授2009年 東京大学生産技術研究所定年退職、 東京大学名誉教授現在 , 東京都市大学特任教授、国際基督教大学客員教授−1−この人のことば東京都市大学特任教授、国際基督教大学客員教授 山本 良一こ持続可能発展のための“技能と技術”の継承と発展をことばことばことば

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